1 バミューダ沖事件(船舶) - UN-UNSOLVED オカルト異説総合検証サイト

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1.バミューダ海域とは?

フロリダ沖にあるバミューダトライアングルと呼ばれる魔の海域が存在する。
Wikipediaの説明を借りておこう。

<引用>
バミューダトライアングル(Bermuda Triangle)は、フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域。昔から船や飛行機、もしくは、その乗務員のみが消えてしまうという伝説がある。
この伝説に基づいて、多くのフィクション小説、映画、漫画などが製作されている。
</引用>




2.船舶は消えたのか?

一般大衆にバミューダトライアングルで起きる事件を広く知らしめたのが、チャールズ・ベルリッツの「バミューダ・トライアングルの謎」である。事件の概要については以下の通りである。


1963年2月2日に一万五千トンの溶融硫黄を積んだ「マリン・サルファー・クィーン号」はテキサス州ボーモント港から出港した。
ベルリッツによれば「天気は上々」であったが、この大型貨物船は、この好天気の中、突如失踪したという。
沿岸警備隊の捜査もむなしくこの遭難事故の真相について何もわからなかった。
事故現場で発見されたものは同船舶の残骸とみられる二着の救命胴衣だけであった。

以上の内容だけ読むとたしかに不思議な事件であるように思われる。

ところが、ベルリッツのこうした記述内容はまったくでたらめであったのだ。

たしかに1963年2月2日時点では天気は良かったのかもしれない。
2月4日午前1時30分の貨物船からの定期無線連絡が最後の連絡であった。
当時の沿岸警備隊の事故調査記録によれば、連絡の入った12時間前に同海域にいる別の船から
「海が大荒れで甲板が冠水している」という報告が届いていた。
突風がハリケーン並に吹き荒れ、波高は10メートルを超えていたのだ。
とても、おだやかな天気とは言い難い。

遺留品の少なさについても痕跡なく船が消滅したという話に彩りを添えているけれど、実際には事故にあった貨物船の霧笛や船体の破片も確認されているのである。

事故の原因についても考えられる様々な原因を事故調査委員会は指摘している。
海が荒れていたために起きた「貨物船の転覆」や積んでいた硫黄による「爆発説」等。


3.その他の船舶事件

この海域で起きる多くの不思議な海難事故は、「でっち上げ」であったり、別の海域ので起きた事故をあたかもバミューダ海域でおきたように見せかけたり、またすでに原因解明済みの海難事故である場合が多いのだ。

他の船舶失踪事件についてもふれておきたい。

①軍艦サンドラ号失踪事件の真相
「バミューダ・トライアングル」の本を書いた人物ガディスは「1950年6月の長さ100メートルの軍艦サンドラ号の失踪事件」をこう紹介している。

この軍艦は跡形もなく消えてしまった。
おだやかな熱帯の黄昏時に、フロリダ沖で忽然といなくなったのだ。

いくつかの過ちが、すでに存在している。
まず、ガディスは軍艦の全長を約2倍の長さで書いているのである。
また出港したのは1950年4月であった。
さらに案の定フロリダではハリケーン規模の暴風が吹き荒れていたのだ。
ヴァージニア沖の最大瞬間風速は毎秒33mにも達していたのである。
大荒れである。

②フレヤ号遭難事件の真相
ベルリッツによれば、フレヤ号はキューバのマンザニロ港を後にしてチリのどこかの港にいく途中、バミューダ・トライアングルで放棄され漂流していたという。

ところが、実際にはフレヤ号はマストの一部が横倒しになった状態で、太平洋のメキシコ西海岸沖を漂流中発見されたのだ。
この遭難事件の真相は、この船がメキシコ西部の港を出港して、2、3日して強い地震がメキシコ西部を襲っており、この地震が引き起こした津波にフレヤ号は巻き込まれたというのが真相である。

ベルリッツはフレヤ号を強引にバミューダ・トライアングルに引きこんでしまったのだ。

③エレン・オースティン号事件の真相
最後にグールドが紹介したエレン・オースティン号事件である。

航海日和の中、1881年に大西洋中部の海域でイギリスの汽船エレン・オースティン号が遭遇した遺棄船に関する事件である。
エレン・オースティン号から幾人かの船員が、拿捕のため見知らぬ遺棄船に乗り込んだ。
船員達はニューファンランド州のセントジョーンズ港を目指すように指示を受けた。
エレン・オースティン号の目的港と同じである。
二隻は濃い霧の中で離れ離れになったが、数日後再び出会った。
ところが、その時遺棄船には、誰一人乗っていなかった。
この船に乗っていた船員ともども、拿捕担当の船員達は消えてしまったのである。

ところが、実際にはこの事件は存在していなかった。
「ニューヨークタイムズ」、ロンドンの「タイムズ」、「ボストン・グローブ」「ボストン・ヘラルズ・アメリカン」「ボストン・イブニング・トランスクリプト」地元セントジョーンズで発行されていた新聞「イブニング・テレグラム」や「ザ・ニューファンドランダー」にもこの事件に関する記事はなかった。

また、現地の公文書図書館にもそうした記録は存在しなかったのだ。
これだけ不可思議な事件にも関わらず記録がないということは捏造された事件と考えて間違いない。

さらに、まだトンデモは続く・・・
当初のグールドの報告は全文で86語であった。
ところがブィンセント・ガディスがこれを孫引きした後は文字数188語!!
サンダーソン(トンデモ作家)の場合は、429語!!
ベルリッツはサンダーソン版にさらに172語追加している。
元ネタの7倍水増しされた事になる!!


3.結論
はっきり言ってしまえば、バミューダ・トライアングルで起きた船舶事件の多くは単なる事故が殆どであり、場合によってはトンデモ本の著者達がでっち上げたものもある。

他の事件についても「解明されたバミューダ・トライアングルの謎」(クッシェ著)において論じられているので、詳しい内容はそちらを参照にされたい。邦題『魔の三角海域』(角川文庫/絶版)

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